検証カード

研究を進める前に、どの主張をどこまで許すかを固定する

旧 Verification と旧 Wiki に散っていたカード群を、研究計画で使える形に整理し直して拡張します。目的は、文献を増やすことではなく、同じ結果を説明できる候補内部状態を減らし、まだ強い主張に上げてはいけない場所を明示することです。

最初に使う順序

カードは全部を同じ重さで使うものではありません。P1-P8 の研究優先順位L0-L5 の主張レベルを見ながら、まず P1 から P3 のボトルネックを落とすために使います。

研究判断最初に使うカード上げたい主張止めるべき誤読
P1 識別可能性可観測性予算識別可能性カード候補内部状態が実際に減った。測定量が増えたので一意に復元できた。
P2 維持状態維持状態バジェット特定の機能に必要な遅い状態ファミリーを制約した。コネクトームに全状態が含まれている。
P3 同一個体マルチモーダルFusion CardHuman Proxy Composition Card同一被験者内で共通因子と分岐因子を分けた。複数 proxy を足すと真の潜在状態になる。
P4 コネクトーム制約モデル識別可能性カード維持状態バジェットDestructive-Structure Route Card構造で消える候補と、構造だけでは残る候補を分けた。コネクトーム制約で動力学まで一意に決まった。
P5 状態継続State-Continuity Bridge CardTemporal Validity Card何が時間をまたいで保たれたかを限定して示した。同じ被験者・同じ脳なので同じ状態である。
P6 デコード/BCINeural Contribution CardTemporal Validity Card神経寄与、事前分布、閉ループ、再校正負荷を分けた。言語や運動を予測できたのでエミュレーションに近い。
P7 公開データL0 Artifact PackCalibration / Abstention Card第三者が同じ条件で再実行できる。高スコアなので主張レベルが上がる。
P8 身体・環境Body / Environment Boundary Card保存したループと置換したループを分けた。低遅延の入出力があれば身体境界は閉じる。

カードの読み方

主張の上限を決める

カードは成功を宣言するためではなく、どこまでしか言えないかを先に固定するために使います。未測定状態、モデル負荷、レジーム差、棄権条件を空欄にしないことが中心です。

カードは重ねる

たとえば同一被験者の EEG/fMRI/PET 研究なら、Fusion Card だけでなく Human Proxy Composition、Temporal Validity、必要なら State-Continuity Bridge を重ねます。

弱いカードは研究成果です

カードが未完成なら、その研究は失敗ではありません。次に測るべき変数、必要な摂動、公開すべき保持データが明確になったという成果です。

1. 可観測性予算

何が直接観測され、何が proxy で、何がモデル推定かを分けるカードです。測定スタックを増やす研究は、まずここから始めます。

書くこと弱い書き方
対象機能記憶、運動、言語、覚醒、価値判断など、再現したい機能を狭く書く。人格、意識、人間らしさなど広い語だけで始める。
必要状態構造、活動、重み、興奮性、代謝、睡眠、身体ループなどを列挙する。必要状態を「脳状態」とまとめる。
直接観測実際に測った量、空間単位、時間単位、取得条件を書く。モダリティ名だけを書く。
proxy / 推定代理指標、推定モデル、前処理、外部校正、モデル仮定を書く。proxy を直接測定のように扱う。
未測定状態この研究ではまだ残る候補状態ファミリーを書く。未測定を沈黙させる。
主張上限L0-L5 のどこまで許すかを宣言する。観測量の多さをそのまま高い主張に変える。

2. 識別可能性カード

同じ観測を説明する候補内部状態を本当に減らせたかを見るカードです。このサイトでは、最優先の研究カードとして扱います。

必ず固定すること主張を上げてよい条件
候補モデル空間どのモデル、状態、パラメータを候補として許すか。候補空間を事前に宣言し、後から都合よく変えない。
曖昧性クラス対称性、再パラメータ化、狭いレジームの縮退、省略機構、表現曖昧性。どの曖昧性を落としたかを別々に報告する。
入力と初期条件既知入力、未知入力、初期状態、状態遷移の扱い。未知入力を暗黙に固定しない。
分離実験摂動、持続励起、状態遷移、タスク切替、保持データ。同じパッシブデータのスコア改善だけにしない。
外部検証別日、別個体、別装置、別条件、別解析者で候補が残るか。内部適合だけで一意性を主張しない。
棄権候補が重なる場合、どの主張で止めるか。判断不能を成功側に寄せない。

3. 維持状態バジェット

コネクトームに黙って含めてはいけない遅い状態を管理するカードです。対象機能ごとに、どの状態ファミリーが必要かを先に分けます。

状態ファミリーなぜ必要か最初に書く監査項目
固有興奮性 / 恒常性設定点同じ入力でも発火しやすさや状態遷移が変わる。細胞タイプ、時間窓、摂動ルート、人間側 proxy、棄権。
シナプス効率 / 放出確率 / 短期可塑性配線が同じでも伝達強度と履歴依存性が変わる。測れる単位、刺激履歴、推定重み、保持データ。
ECM / PNN / 局所プロテオスタシス長期安定化、再固定化、可塑性の境界に効く。直接測定、turnover 窓、機能ターゲット、ヒト観測上限。
神経調節 / 受容体 / 輸送体同じ回路のゲイン、学習、覚醒、報酬を変える。伝達物質軸、占有、チャレンジ、時間窓、モデル負荷。
代謝 / ミトコンドリア / グリア基質反復バースト、樹状突起可塑性、長期維持に効く。コンパートメント、燃料、フラックス、空間単位、proxy クラス。
睡眠 / リプレイ / 低速内部環境記憶の固定化、日跨ぎ変動、再校正負荷に効く。睡眠状態、概日相、内分泌・代謝レジーム、状態注釈。
血管 / BBB / 免疫 / クリアランスBOLD 解釈、支持状態、炎症、老廃物除去に関わる。輸送対象、境界、トレーサー、疾患文脈、機能ターゲット。

4. Fusion Card

EEG、fMRI、PET、MRSI、dMRI、行動を一つの強い証拠へ合成する前に使うカードです。融合は、観測性を上げることはあっても、自動的に一意性を作りません。

書くこと棄権する条件
取得関係同時、同一セッション、別日、順次、別対象か。取得関係が曖昧で状態差を消せない。
同期と時間カーネル各モダリティがどの時間窓を平均しているか。速い神経状態と遅い proxy を同時状態として扱う。
数量タイプ電位、血流、代謝物、受容体、構造、行動などの違い。数量タイプの違いを一つの潜在変数に圧縮する。
共通ドライバー覚醒、血管、自律神経、動作、装置、タスクの共通因子。共通因子をターゲット神経変数と誤読する。
分岐因子各モダリティ固有の残差、ノイズ、前処理依存性。残差を隠して単一スコアだけにする。
完全症例の形全モダリティがそろった対象数と欠測理由。欠測が重症度、施設、耐容性に偏る。

5. Human Proxy Composition Card

生きた人間から得られる複数 proxy を束ねるときのカードです。人間側の証拠は貴重ですが、proxy の役割、成熟度、時間窓、モデル負荷が違うままでは状態完全な読み出しになりません。

書くこと
各行の役割健常アトラス、断面対比、同一被験者ベースライン、変化証人、摂動応答証人を分ける。SV2A PET、MRSI、BBB MRI、EEG-fMRI を同じ役割にしない。
proxy クラス直接観測、密度 proxy、代謝類似性、輸送 proxy、モデル推定を分ける。受容体密度と放出状態を混ぜない。
時間窓 / 状態軸静的地図、分単位の動態、タスク誘発、日跨ぎ、夜間を分ける。同一セッションでも有効窓が違う。
レジーム互換性年齢、病理、薬理、覚醒、睡眠、代謝、施設差を記録する。健康若年者と疾患群を一つのヒト baseline にしない。
増分価値最強の単一行を超えて何が増えたかを示す。行数だけで証拠が強くなったと扱わない。
不一致トポロジーどのモダリティ、どの subgroup で不一致が集中したか。不一致例を平均スコアへ吸収しない。

6. State-Continuity Bridge Card

同じ被験者、同じ脳、同じデコーダ、同じ標本を、同じ状態と読み替えないためのカードです。

連続性証明すべきこと失敗例
標本連続性後のサンプルが同じ被験者または同じ脳領域に由来する。標本が同じでも状態が変わっている。
時間連続性経過時間と、その間に変化しうる状態ファミリーが開示されている。ライブ測定から固定後測定までの遅延を中立に扱う。
レジーム連続性タスク、覚醒、睡眠圧、概日相、薬理、代謝、摂動が対応している。同じタスク名だけで生理状態の違いを消す。
座標連続性ランドマーク、変形、登録誤差、残留不一致を示す。同じ脳という語だけで位置対応を済ませる。
搬送物ランドマーク、潜在多様体、表現幾何、指紋特徴など何が保たれたか。何が残ったか不明なまま全状態の連続性を主張する。
救済ルート再校正、アライメント、再学習がどの程度必要だったか。救済後のスコアを生の連続性と混同する。

7. Destructive-Structure Route Card

固定、切片化、染色、電子顕微鏡などの破壊的構造測定を扱うカードです。高解像構造は強い足場ですが、生体内の現在状態をそのまま残すとは限りません。

書くこと主張上限
保存ルート固定法、灌流、凍結、染色、保存条件。保存条件付きの構造足場。
live-to-fix 遅延生体測定から固定までの時間と状態変化リスク。同一状態ではなく、ブリッジ仮説。
登録範囲どの live landmark がどの固定後 landmark に対応するか。局所対応。全脳状態対応ではない。
切片損失 / セグメンテーション QA欠落、誤分割、不確実性、修正ログ。QA 範囲内の構造制約。
失われる状態電気状態、代謝、放出確率、睡眠、グリア、免疫など。省略状態を含むアップロード十分条件にはしない。

8. Temporal Validity Card

日跨ぎ、長期安定性、固定デコーダ、習慣化、睡眠を含む主張に使うカードです。長期に見える成功は、状態の安定、形質の安定、再校正救済、インターフェースの適応を分けます。

書くこと棄権する条件
時間窓同日、数時間、日跨ぎ、週、月、固定後のどれか。期間だけがあり、状態注釈がない。
状態注釈高速行動ラベルと低速内部環境を分ける。タスク名だけで状態を固定したことにする。
固定デコーダ間隔デコーダを本当に固定した期間と、更新の有無。再学習済みの成功を固定成功と呼ぶ。
再校正負荷頻度、時間、データ量、ユーザー負荷、失敗時の救済。再校正が重いのに低負荷運用と読む。
ドリフト分解生物学的ドリフト、装置ドリフト、モデルドリフト、行動ドリフトを分ける。性能低下や回復の原因が不明。
転送上限どの条件まで一般化したか、どこから別問題か。一つの縦断成功を全状況へ広げる。

9. Neural Contribution Card

言語、音声、運動、治療的 BCI のデコードを、エミュレーションや内部状態復元に読み替えないためのカードです。

書くこと止める誤読
タスク制約候補セット、語彙、プロンプト、試行構造、被験者協力。制約付きデコードを自由な思考読取と読む。
事前分布言語モデル、運動 prior、候補バンク、人口 prior の寄与。モデル prior の力を神経情報と誤読する。
対照脳なし、LM なし、シャッフル、メタデータのみ、被験者識別 baseline。ショートカットで高スコアになる。
閉ループオンライン性能、遅延、沈黙、最後の出力保持、安全停止。オフライン性能を運用可能性と混同する。
耐久性固定デコーダ期間、再校正、信号チェーンドリフト。同一セッション成功を慢性運用と読む。
エミュレーション境界介入応答、時間発展、状態変数の完全性がどこまで示されたか。翻訳システムを全脳状態再実装と呼ぶ。

10. Body / Environment Boundary Card

閉ループ、身体置換、人工環境、内受容を扱うカードです。低遅延の入出力は重要ですが、身体と環境の境界を閉じたことにはなりません。

境界開示すること不足時の上限
感覚入力視覚、聴覚、触覚、前庭、固有受容、自己生成フィードバック。狭い感覚代替タスク。
運動出力運動指令、筋骨格、ロボット、仮想身体、遅延、ジッター。局所コントローラー。
内受容呼吸、心拍、血糖、ホルモン、睡眠圧、疲労、痛み。身体境界未完了。
報酬 / 動機づけ報酬ループ、罰、習慣化、探索、社会的フィードバック。短期タスク性能。
遅い内部環境概日相、代謝、グルココルチコイド、薬理、炎症。同じ入出力でも異なる状態レジーム。
安全停止停止条件、フォールバック、ユーザー権限、監査ログ。実験室内の限定運用。

11. Calibration / Abstention Card

不確実なときに強い主張を出さないためのカードです。マインドアップロード研究では、棄権は消極的な表現ではなく、誤った成功宣言を防ぐ安全装置です。

書くこと使い道
点推定と区間一点のスコアだけでなく、不確実性幅を出す。候補集合が重なるか判断する。
校正分割学習、校正、テストを分ける。信頼度の過大評価を防ぐ。
被覆率予測集合や区間が実際にどれだけ覆うか。安全な棄権閾値を作る。
棄権閾値どの条件で未識別、要再測定、要人間判定にするか。判断不能を成功にしない。
フォールバック沈黙、最後の出力保持、安全停止、追加測定、低い主張への降格。閉ループや BCI の危険な誤出力を防ぐ。

12. L0 Artifact Pack

公開データで最初に厚くするべき成果物です。L0 は低い主張ですが、ここが弱いと L1/L2 の比較と反証が崩れます。

パック項目最低限必要な内容不足すると起きること
データセット同一性バージョン、DOI、取得日、ライセンス、永続 URL。同じ名前の別データを混ぜる。
標準形BIDS / EEG-BIDS / NWB などの構造、validator、残警告。第三者が測定条件を再構築できない。
イベント忠実度オンセット、継続時間、サンプル、クロック、遅延、意味、ラベル来歴。何を予測しているかが曖昧になる。
分割と保持セッション内、セッション間、被験者間、適応、独立単位。漏洩や被験者識別を神経証拠と誤読する。
ベンチマーク対象予測対象、メトリック束、推論予算、ルールスナップショット。同じスコアでも科学的意味が違う。
ベースライン単純 baseline、メタデータのみ、ショートカット検出。高スコアの原因を切り分けられない。
派生系統生データ、前処理、設定、実行環境、乱数、再実行手順。結果を再生できない。
失敗例棄権、除外、既知の故障、主張停止位置。成功だけが残り、次の研究が誤る。

カードを研究計画に変える最小テンプレート

研究計画の欄書く内容対応カード
対象機能何を再現または制約したいのか。可観測性予算、維持状態バジェット。
候補内部状態同じ観測を説明しうる競合候補。識別可能性カード。
測定スタック直接観測、proxy、推定、未測定。可観測性予算、Fusion Card。
分離実験どの摂動、状態遷移、保持データで候補を落とすか。識別可能性カード、Neural Contribution Card。
時間と身体の境界日跨ぎ、固定後、閉ループ、内受容、再校正。Temporal Validity、State-Continuity、Body / Environment。
公開 artifact再実行、分割、QC、ベースライン、失敗例。L0 Artifact Pack、Calibration / Abstention。
主張停止位置どの結果なら L0/L1/L2 に留めるか。全カード共通。