Abstract
従来のマインドアップロード(WBE)は、脳の構造的コネクトームを静的に複製する「スキャン&コピー」に依存し、そのため多重性の異議や計算論的批判に脆弱なままでございます。本プロジェクトは、意識を静的な情報パターンではなく、環境との相互作用を通じて自己を維持する「動的プロセス(Dynamic Process)」として再定義する。これはWhiteheadのプロセス哲学やParfitの心理的連続性説を、Fristonの自由エネルギー原理(FEP)を通じて工学的に実装する試みである。
Epistemological Turn
1. 認識論的転回:静的構造から動的プロセスへ
我々は、意識の本質を「状態」ではなく「遷移」に見出す。Weber (2025)[Weber] が指摘する「多重性の異議(Multiplicity Objection)」は、静的なコピーが生成された瞬間に、オリジナルとコピーの分岐が始まることを問題視する。これに対し、我々は「コピー」ではなく「移行(Transfer)」の概念を、連続的なプロセスとして再構築する。
意識は固定されたデータではなく、常に更新され続ける推論プロセスである。したがって、WBEは「データ転送」ではなく「プロセスの同期と引継ぎ」として設計されなければならない。
Theoretical Consistency
2. 理論的整合性:IIT 4.0とGNWTの対立を超えて
2025年の敵対的共同研究(Cogitate Consortium)は、IITとGNWTの双方が完全ではないことを示した。この結果を受け、我々は特定の理論に固執せず、複数の指標を統合する「昇華されたアプローチ」を採用する。
経験的検証指標 (Empirically Validated NCC)
理論的ドグマに陥らず、PCI/PCI-ST(摂動複雑性指標)のような、理論に依存しない経験的指標をロードマップの中核に据える。
Unfolding Argumentへの応答
単なる入出力の機能的等価性ではなく、プラスチックな重みを持つRNNによる再帰性の担保など、因果構造の保存(Causal Structure Preservation)を明示的な要件とする。
予測符号化への拡張
IIT/GNWTの限界を補完するため、予測符号化(Predictive Coding)および自由エネルギー原理(FEP)の枠組みを導入し、理論的限界を明記する。
Thermodynamic Grounding
熱力学的散逸構造としての意識基盤
意識を「動的プロセス」として定義する本フレームワークは、情報処理の観点だけでなく、その物理的基盤としての熱力学的散逸構造(Dissipative Structure)を明示的に要求する。生物学的脳は非平衡開放系における散逸構造であり、エネルギー消費と情報処理は不可分な関係にある。
WBE実現要件としての熱力学的効率
- 非平衡定常状態(NESS)の維持:意識の維持には特定のエントロピー散逸率(EPR)が伴う。デジタルエミュレーションが生物学的脳と同じ「低散逸・等温的な情報処理」を実現できない場合、たとえ因果構造が形式的に等価であっても、現象的な質が変化する可能性がある。
- Consciousness as IDS:「意識は情報散逸構造(Informational Dissipative Structure)である」というモデル(2025)が示唆するように、意識の維持には特定のエントロピー散逸パターンが伴い、これはデジタルエミュレーションにおいても再現されるべき物理的制約である。
- エネルギー効率の比較指標:生体脳の計算コスト(約20W)に対する、エミュレーションの仮想エネルギー流の比率をKPIとして定義する。特に、通信と計算のエネルギー消費比率(皮質では通信が計算の約35倍;Niven & Laughlin, 2008)を考慮した上で、仮想散逸プロトコル(VDP)が生物学的脳のNESSをどの程度忠実に再現しているかを定量的に評価する。
本フレームワークは、Verification Commons(検証基盤)のBenchmark Suiteに以下の熱力学的指標を追加することを要求する:(1) EEG時系列から推定されるEntropy Production Rate(EPR)の下界、(2) 時間反転対称性の破れの定量化、(3) エミュレーションのエネルギー消費量と生物学的脳の比較。これらは情報論的指標(Φ, PCI等)を補完する物理的制約として機能する。
Sensing Strategy
3. 計測:逆問題の確率論的解決とマイクロ-マクロの橋渡し
脳波(EEG)の逆問題に対し、Empirical Bayes(経験ベイズ)を用いたアプローチを採用する。ハイパーパラメータをデータから推定し、恣意的なバイアスを排除するとともに、推定結果には必ず信頼区間(Credible Intervals)を付与し、不確実性を可視化する。
さらに、マクロな信号からミクロなパラメータを推定する「Micro-Macro Link」を確立する。具体的には、Neural Mass Models (NMM) を反転させることで、局所回路の興奮/抑制バランス(E/I Balance)を推定する。これは「意識のレベル(覚醒度)」だけでなく、サイケデリック体験や精神疾患などの「意識の質(変性意識状態)」を識別し、再現するために不可欠なパラメータである。
Decoding Strategy
4. 解読:受動的相関から能動的生成へ
「Mind Captioning」のような受動的な読み出し技術を超え、能動的推論(Active Inference)エージェントとしてのエミュレータを設計する。内部モデルが「もし〜だったら?」という反実仮想シミュレーション(Counterfactuals)を生成し、その分岐構造が生体脳と一致するかを検証する。
Implementation Strategy
5. 実装:段階的置換と本人性の保存
「コピー」ではなく、本人性を保ったままの「移行」を実現するために、Slow Continuous Mind Uploadingの手法を採用する。生体脳とデジタル基盤を、Markov Blanketを介して接続し、動的な同期プロセスを通じて徐々に機能を移行させることで、意識の分断を防ぐ。
Limitations and Open Questions
本フレームワークは、以下の未解決課題を抱えており、これらは科学的誠実さのために明記します。
理論的限界
- ハードプロブレムの回避:本枠組みは機能的等価性を操作的定義として採用するが、現象的意識(Phenomenal Consciousness)の同一性は検証対象外である。これは重大な制約であり、機能的に完全なエミュレーションが「意識を持つ」ことの十分条件であるかは未決定である。
- IIT 4.0の計算困難性:Φの正確な計算は、素子数に対して超指数的に増大する(Kitazono et al., 2018)。実用的なWBEでは近似が不可避であり、その近似がどの程度の情報損失を伴うかは未解明である。
- FEP批判への応答:自由エネルギー原理は「反証不可能(unfalsifiable)」との批判がある(Andrews, 2021; Bruineberg et al., 2022)。マルコフブランケットの実在性を前提にすることの妥当性も議論が続いている。
- Unfolding Argumentの含意:Doerig et al. (2019) の議論が正しければ、純粋なソフトウェアエミュレーションではΦ=0となり、IITの意味での意識は生じない。これはニューロモルフィック・ハードウェアへの要件を強く示唆するが、代替理論では問題にならない可能性もある。
工学的限界
- EEGの空間分解能:頭皮EEGは皮質表面の空間解像度が約1-2cmであり、個々のニューロンの活動を直接読み取ることはできない。逆問題の不良設定性は原理的に解消されない。
- 計測−再現ギャップ:現在利用可能な非侵襲計測技術(EEG/MEG/fMRI)と、WBEが要求する詳細度の間には数桁のギャップがある。これは段階的に埋めるべき課題である。
- 閉ループ制御の安全性:L3(閉ループ)以降で、エミュレータが環境と相互作用する場合の安全性保証メカニズムは未設計である。
参考文献(主要)
- Friston, K. (2010). Free-energy principle. doi:10.1038/nrn2787
- Friston, K. (2017). Active inference: a process theory. doi:10.1162/NECO_a_00912
- Albantakis, L., et al. (2023). IIT 4.0. doi:10.1371/journal.pcbi.1011465
- Casali, A. G., et al. (2013). PCI. doi:10.1126/scitranslmed.3006294
- Yamakawa, H., et al. (2024). Whole-brain architecture roadmap. doi:10.1016/j.cogsys.2024.101300
- Sandberg, A., & Bostrom, N. (2008). Whole Brain Emulation: A Roadmap. Report PDF
- Doerig, A., et al. (2019). The Unfolding Argument. doi:10.1016/j.concog.2019.04.002
- Chalmers, D. J. (1995). Facing up to the problem of consciousness. Journal of Consciousness Studies, 2(3), 200-219.
- Kitazono, J., Kanai, R., & Oizumi, M. (2018). Efficient MIP search for IIT. doi:10.3390/e20030173
- Parfit, D. (1984). Reasons and Persons. Oxford University Press.
- Weber, M. (2025). The Multiplicity Objection to mind uploading. doi:10.1007/s11229-025-05057-9