シナリオ年表 / 2026 → 2050

線虫から、ヒトへ。
マインドアップロードが
完成する2050年までの年表。

マインドアップロード=全脳エミュレーション(WBE)は、ある脳の構造と状態を計測し、その情報処理を計算機上で再現する構想です。 本ページは AI 2027 にならい、世界中の研究の到達点を起点に、 2026年から2050年の完成までを「年ごとに何が起こりうるか」のシナリオ年表として描きます。実証済みの事実と、そこからの予測を分けて。

形式: 年表シナリオ 範囲: 全世界の公開研究 区間: 2026–2050 引用: 31研究
302 → 8.6×10¹⁰
写し取るニューロン数(線虫→ヒト)
6
発展フェーズ
2050
完成シナリオ(条件付き)
31
引用した実在研究

Abstract / 要旨

要旨

全脳エミュレーション(WBE)は、Sandberg と Bostrom が2008年に体系化した「スキャン&エミュレート」1という工学問題である。 以後の約20年で、世界の研究は 構造の地図化を線虫(302ニューロン)2からハエ成虫の全脳(約14万ニューロン)7、 ヒト皮質1mm³9まで押し上げ、読み出しは会話速度の発話BCI2123に到達した。

本レビューは、この曲線を外挿し、2026→2050を6フェーズの年表シナリオとして描く—— 地図の自動化 → 哺乳類の全脳 → 走らせる → ヒトへの跳躍 → 個人の再構成 → 完成と分岐。 各フェーズは前を前提に積み上がる。2050年完成は確約ではなく、縮退(再構成の一意性)16全脳スケール同一性の検証という律速段階を越えた場合に成立する 条件付きシナリオであり、 最後は「継続」と「複製問題」に分岐する31

1. The Exponential / 規模の指数

脳マッピングは、すでに指数で登っている。

シナプス解像度で再構成された脳の最大規模を対数軸で並べると、線虫からヒトまでは 約9桁。 実線は実証済み、点線は本シナリオの予測。完成はこの曲線が天井(ヒト全脳)に届く点として読める。

シナプス解像度で再構成された脳の最大規模 線虫302ニューロンからヒト全脳8.6×10¹⁰ニューロンまでを対数軸で示し、2025年までを実証済み、2026年以降を予測シナリオとして描く。 予測 → ← 実証済み 10² 10⁴ 10⁶ 10⁸ 10¹⁰ 1990 2005 2025 2040 2050 再構成ニューロン数 線虫 302(1986) ハエ脳中枢 2.5万(2020) ハエ全脳14万・マウス1mm³(2024–25) マウス全脳 7×10⁷(~2030) ヒト全脳 8.6×10¹⁰(~2045) 完成
実証済み(〜2025) 予測シナリオ(2026〜) ヒト全脳スケール

読み筋: WBE は単一の発明ではなく 固定 → 取得 → 再構成 → 走らせる → 検証 の依存パイプライン。 上の曲線は「取得(地図化)」の軸にすぎず、構造を写し取っても、走らせる動的状態と検証が揃わなければ脳は動かない。 以下の年表は、各年に どの軸が前進し、何が残るか を追う。

2. The Scenario / シナリオ年表

2026 → 2050、6つのフェーズ。

右の年号パネルはスクロールに追従し、いまどのフェーズを読んでいるかを示す。クリックで各フェーズへ移動。

現在地 2026 ・ 実証済み

外挿の前に、土台となる事実。これらは 世界中で実際に達成済み

  • 線虫の全配線図は両性・発達段階まで取得済み234。ショウジョウバエは幼虫5・成虫全脳(約14万ニューロン・5千万シナプス)678まで完成。
  • 哺乳類はヒト皮質1mm³のペタボクセル再構成9と、マウス視覚野の構造+機能統合(MICrONS)10。全脳の細胞型地図も整備1112
  • 計測は数千点同時記録のNeuropixels1819、麻痺患者の手書き・発話を高速デコードするBCI20212223、脳–脊髄ブリッジによる歩行回復24
  • 保存はアルデヒド安定化+低温保存(ASC)がブタ脳でシナプス構造を保持17。再構成の基礎は皮質微小回路シミュレーション15
フェーズ 12026–2028予測シナリオ

地図の自動化

AIによる電子顕微鏡再構成の自動化が、配線図づくりのコストを桁で押し下げる。

  1. 2026

    EM再構成がAIで律速解除

    フラッドフィリング/Transformer系の自動セグメンテーションが、ペタバイト級EM画像の人手コストを激減させる。FlyWire・H01・MICrONSで実証されたパイプライン7910が標準化し、再構成スループットが取得の主律速でなくなる。

  2. 2027

    マウス全脳プロジェクトの始動

    公的(BRAIN Initiative等)と民間の連合が、約7,000万ニューロンの マウス全脳コネクトーム を明確な中間目標に掲げ、全脳EM撮像を開始。1mm³から全脳へ、約3桁のスケールアップに着手。

  3. 2027

    発話BCIが会話速度へ

    皮質内発話ニューロプロステーシス212223が日常会話に耐える速度・安定性に達し、複数チームで再現。「神経活動から状態を読む」読み出し能力が臨床標準になる。

  4. 2028

    マウス全脳の撮像完了

    全脳EMデータ取得が完了し、自動再構成フェーズへ。分子・細胞型アトラス1112や拡張顕微鏡13との重ね合わせ準備が進む。

フェーズ 22029–2032予測シナリオ

最初の哺乳類・全脳

線虫からマウスへ。構造の軸で初めて哺乳類の全脳が閉じる。

  1. 2030

    マウス全脳コネクトーム(初版)

    約7,000万ニューロン・約10¹¹シナプスの全配線図ドラフトが公開。線虫→ハエ→マウスの跳躍で、哺乳類の 構造 軸が一段落する。

  2. 2031

    マルチモーダルなマウス脳

    配線図に、全脳の細胞型(トランスクリプトミクス)11とNeuropixels級の機能記録19を重ね合わせ。「構造+分子+活動」が同一座標で揃う初の哺乳類データセット。

  3. 2031

    動態のファウンデーションモデル

    構造から活動を予測する大規模モデル(“仮想マウス脳”)が、感覚運動回路で機能を再現し始める。Blue Brainの微小回路再構成15がデータ駆動で全脳級へ拡張。

  4. 2032

    臨床グレードの脳保存

    ASC由来の手続き17が標準化し、終末期・研究プロトコル下で ヒト全脳 をシナプス解像度で保存する事例が現れる。将来の取得に向けた「原本」の確保が始まる。

フェーズ 32033–2037予測シナリオ

走らせる:機能エミュレーション

地図を「動かす」段階。身体ループと、再構成の一意性が主戦場になる。

  1. 2034

    ニューロモルフィックがマウス級を実時間で

    Hodgkin-Huxley型の膜電流モデル14を抽象化したスパイキング網を、SpiNNaker系25・Loihi系26・NorthPole系27とエクサスケール計算が、マウス規模で低電力・実時間に走らせる。

  2. 2035

    身体ループを閉じる

    領域スケール、続いてマウス全脳の機能エミュレーションが、仮想/ロボット身体の感覚運動ループ24の中で特定行動を再現。脳は孤立では正常動作しないため、身体性が忠実度の条件になる。

  3. 2036

    縮退問題に標準的な答え

    「異なるパラメータが同一活動を生む」縮退16に対し、摂動応答+保持データ検証のベンチマークが証明の標準に。多くの“一致”が棄却され、再構成が反証可能になる。

  4. 2037

    合意されたマウス・エミュレーション

    行動+摂動の保持テスト群を通過するマウス脳エミュレーションが合意水準に到達。同時に問いが鋭くなる——振る舞いの一致は、内部状態の一致を意味するのか

フェーズ 42038–2043予測シナリオ

ヒトへの跳躍

マウスからヒトへ、さらに3桁。保存された脳から、全脳構造を取得する。

  1. 2039

    ヒト全脳の構造取得

    保存ドナー脳から、H01の1mm³断片9を全臓器へスケールしたエクサスケール構造コネクトームが得られ始める。約860億ニューロン・100兆シナプスの地図化に着手。

  2. 2040

    構造からの状態推論が成熟

    EM形態から機能的シナプス重み・神経調節状態へ写像する手法が、動態を初期化できる水準に。構造だけでは欠けていた「動的状態」の溝を縮める。

  3. 2041–42

    部分的ヒト・エミュレーション

    感覚野・海馬の記憶回路など部分系が、生前の記録や行動データと照合して検証される。全脳ではないが、ヒト回路が初めて「走る」。

  4. 2043

    エミュレーション社会の経済学が政策課題に

    Hanson『The Age of Em』31が描いたエミュレーション経済・社会の論点が現実味を帯び、コピー権・労働・人格の統治枠組みの起草が始まる。

フェーズ 52044–2048予測シナリオ

個人の再構成

パイプライン全体を、ひとりの個人について通す。

  1. 2045

    パイプラインの統合

    固定 → 取得 → 再構成 → 走らせる → 身体化 → 検証 が、特定個人について初めて端から端まで接続される。

  2. 2046

    記憶と人格の再現

    全脳ヒト・エミュレーション候補が、ドナー特異的な記憶・性格マーカーを盲検テスト下で再現し始める。

  3. 2047

    同一性検証バッテリの配備

    同一性の 連続性 を操作的に試す検証バッテリが運用される。同時に、法的地位・本人同意・コピー問題が現実の政策論点になる。

  4. 2048

    「完成」を操作的に定義

    標準化団体が、形而上学的主張とは切り離した 検証バッテリの通過 として「完成」を定義する。

フェーズ 62049–2050予測シナリオ

完成、そして分岐

工学的には到達する。だが哲学的な問いは、ここで二つに割れる。

  1. 2049

    検証バッテリの通過

    ある全脳ヒト・エミュレーションが、合意された行動+摂動+記憶の検証バッテリを通過する。工学的な意味での「完成」に到達。

  2. 2050

    分岐——振る舞いは検証できる、主観は測れない

    行動上の同一性は検証された。しかし完璧な振る舞いの再現と 主観的連続性 を分ける物理測定は存在しない282930。ここで未来は二つのルートに分岐する(下記)。

3. The Fork / 2050の分岐

完成の先で、未来は二つに割れる。

技術が成功しても、同一性の問いは技術だけでは閉じない。AI 2027が「競争」と「減速」に分岐したように、ここでは検証の解釈で二つのルートが生まれる。

機能的・心理的連続性を採用

アップロードは「本人の継続」とみなされる

社会は、検証バッテリが示す 機能的・心理的連続性を同一性の基準として受け入れる。エミュレーションは法的人格を得て、本人の継続として扱われる。破壊的コピーよりも、ニューロンを少しずつ置換していく 段階的アップロード(テセウスの船型)が、連続性を保つ手続きとして好まれる。

論点は「いつ・どの条件で人格が継続するか」へ移り、技術と検証の精緻化が前進を続ける。

4. Why Conditional / 残る壁

2050が「条件付き」である理由。

外挿だけでは越えられない3つの律速。ここが解けなければ、シナリオは前倒しできない。

① 識別可能性の壁。 計測を増やしても、同じ観測を説明する内部状態が複数残るなら再構成は一意に閉じない16。鍵は「もっと測る」ことより、摂動と保持データで 候補状態を減らす方法論。
② スケールと非破壊の壁。 ヒト全脳は皮質1mm³9の約100万倍。撮像・再構成・計算の数桁スケーリングと、生体からの非破壊計測の物理限界。破壊的取得なら保存と倫理に直結する。
③ 同一性・倫理の壁。 完璧な振る舞いと主観的連続性を分ける測定は存在しない2830。コピー問題・本人同意・社会的地位・停止条件——技術の成功だけでは閉じない論点が最後に残る31

References / 参考文献

引用研究(31件)。

世界の公開研究から、各軸の代表的到達点を抜粋。2026年以降のマイルストーンはこれらの趨勢からの予測であり、引用は実証済みの土台を示す。各項目は原典または安定した書誌ページへリンクしている。

  1. Sandberg, A., & Bostrom, N. (2008). Whole Brain Emulation: A Roadmap. Tech. Report #2008-3, Future of Humanity Institute, Univ. of Oxford.
  2. White, J. G., et al. (1986). The structure of the nervous system of C. elegans. Phil. Trans. R. Soc. B, 314, 1–340.
  3. Cook, S. J., et al. (2019). Whole-animal connectomes of both C. elegans sexes. Nature, 571, 63–71.
  4. Witvliet, D., et al. (2021). Connectomes across development reveal principles of brain maturation. Nature, 596, 257–261.
  5. Winding, M., et al. (2023). The connectome of an insect brain (Drosophila larva). Science, 379, eadd9330.
  6. Scheffer, L. K., et al. (2020). A connectome and analysis of the adult Drosophila central brain (hemibrain). eLife, 9, e57443.
  7. Dorkenwald, S., et al. (FlyWire Consortium) (2024). Neuronal wiring diagram of an adult brain. Nature, 634, 124–138.
  8. Schlegel, P., et al. (2024). Whole-brain annotation and multi-connectome cell typing of Drosophila. Nature, 634, 139–152.
  9. Shapson-Coe, A., et al. (2024). A petavoxel fragment of human cerebral cortex reconstructed at nanoscale resolution. Science, 384, eadk4858.
  10. The MICrONS Consortium (2025). Functional connectomics spanning multiple areas of mouse visual cortex. Nature, 640.
  11. Yao, Z., et al. (2023). A high-resolution transcriptomic and spatial atlas of cell types in the whole mouse brain. Nature, 624, 317–332.
  12. Siletti, K., et al. (2023). Transcriptomic diversity of cell types across the adult human brain. Science, 382, eadd7046.
  13. Chen, F., Tillberg, P. W., & Boyden, E. S. (2015). Expansion microscopy. Science, 347, 543–548.
  14. Hodgkin, A. L., & Huxley, A. F. (1952). A quantitative description of membrane current… J. Physiol., 117, 500–544.
  15. Markram, H., et al. (2015). Reconstruction and simulation of neocortical microcircuitry. Cell, 163, 456–492.
  16. Prinz, A. A., Bucher, D., & Marder, E. (2004). Similar network activity from disparate circuit parameters. Nat. Neurosci., 7, 1345–1352.
  17. McIntyre, R. L., & Fahy, G. M. (2015). Aldehyde-stabilized cryopreservation. Cryobiology, 71, 448–458.
  18. Jun, J. J., et al. (2017). Fully integrated silicon probes for high-density recording of neural activity. Nature, 551, 232–236.
  19. Steinmetz, N. A., et al. (2021). Neuropixels 2.0: a miniaturized high-density probe. Science, 372, eabf4588.
  20. Willett, F. R., et al. (2021). High-performance brain-to-text communication via handwriting. Nature, 593, 249–254.
  21. Willett, F. R., et al. (2023). A high-performance speech neuroprosthesis. Nature, 620, 1031–1036.
  22. Metzger, S. L., et al. (2023). A high-performance neuroprosthesis for speech decoding and avatar control. Nature, 620, 1037–1046.
  23. Card, N. S., et al. (2024). An accurate and rapidly calibrating speech neuroprosthesis. N. Engl. J. Med., 391, 609–618.
  24. Lorach, H., et al. (2023). Walking naturally after spinal cord injury using a brain–spine interface. Nature, 618, 126–133.
  25. Furber, S. B., et al. (2014). The SpiNNaker project. Proc. IEEE, 102, 652–665.
  26. Davies, M., et al. (2018). Loihi: a neuromorphic manycore processor with on-chip learning. IEEE Micro, 38, 82–99.
  27. Modha, D. S., et al. (2023). Neural inference at the frontier of energy, space, and time (NorthPole). Science, 382, 329–335.
  28. Tononi, G. (2004). An information integration theory of consciousness. BMC Neuroscience, 5, 42.
  29. Dehaene, S., & Changeux, J.-P. (2011). Experimental and theoretical approaches to conscious processing. Neuron, 70, 200–227.
  30. Cogitate Consortium; Ferrante, O., et al. (2025). Adversarial testing of global neuronal workspace and integrated information theories. Nature.
  31. Hanson, R. (2016). The Age of Em: Work, Love, and Life when Robots Rule the Earth. Oxford University Press.