Primer

入門:マインドアップロード / WBE を「測れる問題」にする

夢を守るために、まず物差しを作る

Mind Uploading Research Project

Open Access Last Updated: 2026-02-10 Human-first

TL;DR

マインドアップロードを本気で前に進めるには、「できたと言える条件」と「できていないと分かる条件」を先に決めるのが最短です。Mind-Uploadは、そのチェック方法をそろえるための検証基盤を作っています。

まず結論:いま言えること/言えないこと

Rule

  • 言える:「この条件なら、このタスクで、この指標が改善した」
  • 言えない:「意識を転送できた」「本人が生存した」などの強い主張(定義と検証が未固定だと崩れる)
  • Mind-Uploadの役割:強い主張を、先に“小さく反証できる主張”へ分解して積み上げる

WBE(Whole Brain Emulation)とは何か(操作的定義)

WBEは「脳を別基盤で動かす」研究の総称ですが、どこまでを“再現できた”と呼ぶかで必要技術が変わります。 Mind-Uploadでは、議論が散らないようにクレーム階段で主張レベルを分けます(詳しくは Roadmap の P0/P1)。

ポイント

「入出力が似ている」だけでは、WBEが要求する“生成(因果)”を満たしません。だからこそ、評価の設計(ベンチマーク)が中心になります。

クレーム階段(成果の言い方を揃える)

ざっくり言うと、下ほど「検証しやすい」、上ほど「主張が強い」です。

レベル 何ができたら「前進」か(例)
L0 再現可能な解析 データ・コード・環境・ログが揃い、第三者が同じ結果を再現できる
L1 デコーディング 神経信号→状態/刺激/行動などを予測できる(ただし相関の可能性)
L2 生成モデル 未学習条件でも予測し、介入(刺激変更など)への応答を当てられる
L3 閉ループ リアルタイムで環境と相互作用し、安定に動く(制御が破綻しない)
L4 本人性の主張 事前登録したテストで、記憶・価値観・学習の連続性を評価できる
L5 社会実装 権利・安全・ガバナンスまで含めて運用できる

Decode(翻訳)と Emulate(生成)は別物

デコーディングは観測した脳活動を文章などの意味へ変換する段階にとどまり、WBEでは内部状態が自律的に時間発展し、介入へ応答し、将来の出力を自ら生成できる系を要件といたします。 このギャップを埋めるには、反事実介入予測で検証できるベンチマークが要ります。

ありがちな“すり替え”

「脳→文章が出た」だけだと、実は“文章が出るように最適化した翻訳機”かもしれません。WBEに近い主張をするには、刺激条件や課題条件を変えたときの分岐(もし〜なら)が一致するか、をテストにします。

Verification Commons

Mind-Uploadはこのギャップを「テスト」で埋めることを目的にしています。

検証基盤を見る →

哲学的前提:何を仮定し、何を仮定しないか

WBEの妥当性は、意識に関するどの哲学的立場を取るかに大きく依存します。Mind-Uploadでは、特定の立場を正しいと仮定せず、検証可能な範囲で前進する戦略を取ります。

哲学的立場 WBEへの含意 Mind-Uploadでの扱い
機能主義 正しい機能的組織が再現されれば意識も再現される 操作的仮定として採用(ただし十分条件とは主張しない)
生物学的自然主義 意識は生物学的基盤に因果的に依存する(Searle) 反証対象として位置づけ:ニューロモルフィック基盤で段階的に検証
IIT的立場 因果構造(Φ)が保存されれば意識は維持される 因果構造保存を工学的要件に組み込み、近似度を評価指標とする
汎心論 すべての物理系に何らかの経験がある 検証不可能なため、Mind-Uploadの枠組みからは除外
重要な制約

どの立場が正しいかにかかわらず、Mind-Uploadは「測定可能な機能的指標」を共通言語として使います。 哲学的帰結は、十分な経験的データが揃った段階で議論します。これは限界であると同時に、意図的な設計判断です。

代替アプローチとの比較

WBEには複数の実現経路が提案されています。Mind-Uploadが選択した経路と、その理由を明示します。

アプローチ 概要 強み 課題
スキャン&コピー 脳の完全スキャン → デジタル再構築 理論的にシンプル コピー問題、破壊的スキャン、必要解像度が非現実的
段階的置換(Mind-Upload採用) 生体ニューロンを徐々にデジタルに置換 本人性の連続性を維持可能 ハイブリッド接続の工学的課題、進捗判定の困難さ
全脳シミュレーション 分子レベルから全脳を計算機上に再現 最も忠実な再現が可能 計算量が天文学的、必要データ量が膨大
AI的再現 個人の行動パターンをAIで学習・再現 現行技術で部分的に可能 内部状態の再現ではなく外部模倣に留まる

何を作れば前に進むか(Mind-Uploadの実務)

1

まず「勝利条件」を固定する

この分野は“言い方”で前進したように見せられます。指標と反証条件を先に書くのが最重要です。

Roadmap: 前進の定義
2

再現できる入力(データ)を揃える

BIDS/EEG-BIDS、メタデータ、QCログで「第三者が走らせられる」状態にします。

Datasets
3

比較可能な出力(ベンチ)を作る

スコアだけでなく、失敗例やデータリーク検査も含めて“比較のルール”を公開します。

Deliverables

参考文献(導入)

  1. Sandberg, A., & Bostrom, N. (2008). Whole Brain Emulation: A Roadmap. Report PDF
  2. Yamakawa, H., et al. (2024). Technology roadmap toward whole-brain architecture. doi:10.1016/j.cogsys.2024.101300
  3. Tang, J., et al. (2023). Semantic reconstruction from non-invasive brain recordings. doi:10.1038/s41593-023-01304-9
  4. Casali, A. G., et al. (2013). Perturbational Complexity Index (PCI). doi:10.1126/scitranslmed.3006294
  5. Correa, J. D., Lee, S., & Bareinboim, E. (2021). Nested Counterfactual Identification. arXiv:2107.03190
  6. Chalmers, D. J. (2010). The Character of Consciousness. Oxford University Press.
  7. Searle, J. R. (1980). Minds, brains, and programs. Behavioral and Brain Sciences, 3(3), 417-424.
  8. Dorkenwald, S., et al. (2024). Neuronal wiring diagram of an adult brain. doi:10.1038/s41586-024-07558-y